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ニート24h

第三話

​暗喩、





pm2:00

カップラーメン缶ビールワンカップサラミなどのものをたんまり買い込んで、さあもうこれでしばらく外へは出ないぞと思っていたところだった。

夏の制服を着て、日焼けしていない腕の白い内側を晒したリヴァイくんがそこにいた。
まだこちらには気づいておらず、信号を待ちぼうけて爪なんかをじっと見ている。
開襟シャツのボタンを閉められるところは全部閉めている。細い首すじ。まだ少年らしさを残している。

次の瞬間、そういうところが目についてしまう自分に嫌悪感を催して踵を返した。

「あ……バロサン焚いたんだった。家入れねーわ」

独りごちて、駅前の漫画喫茶を目指すことにした。



pm3:00

「お客さん、持ち込みは結構なんですけど、アルコールの方はちょっと……」

漫画喫茶のブース内で缶ビールを開けていたら、どこにカメラがあったものか、見つかって追い出されてしまった。

「すいません。これ、捨てますから。パソコン使いたいんですよ」
「いや、困りますから。決まりになりますので」
「はあ……」

家のノートパソコンは壊れてしまっている。
たびたび漫画喫茶でパソコンを借りるお金でそろそろノートパソコン一台くらいは買えそうなものだったが、
買ってしまったら職を探さないといけなくなる。真当に生きなくてはいけなくなる。
真当に生きるということは、負う責任が増えるということだ。
夜店の金魚すくいで掬った金魚を、溝に放流した子供の頃を思い出した。
重かったのだ、自分のような人間には。金魚一匹の命でさえ。
流してしまって、ひとり謝りながら泣いた。
俺は金魚を流したことを、父さんに言わなかった。俺は父さんに軽蔑されたくなかった。
思えばあの時から、父さんに何でも話すことを止めてしまったのかも知れない。
責任を取れ、と言われるのを恐れて、あの日から生きてきたのかも知れなかった。



pm4:00

「……おう。」

バロサンも終わった頃だろうとアパートに戻ってみれば、階段にリヴァイくんが座り込んでいた。
ご丁寧に、お尻にはビニル袋が敷いてある。
そうだ、この子は潔癖の気があるんだよなあ、とふと思い出す。

「オイ。……聞こえなかったのかよ」

「ああ、うん。どうも」

「どうもって」

リヴァイくんは何の気後れもなくヒョイと俺の近くに寄ると、真直ぐな視線で見上げてきた。

「アンタ、今日オレ見かけてどっか行っただろ」

その視線があまりにも真直ぐが過ぎるので、思わず目を逸らしてしまう。

「や、家バロサン焚いてたから」

「焚いてたから何だよ」

「うち来れないよってこと」

「別に、オレんちで時間潰せば」

「リヴァイくんち?」

リヴァイくんは自分で言っておいてちょっと照れたように視線を逸らして頷いた。
初々しくて可愛らしい。
けどそれにとんでもなく腹が立って、俺は足音も高く階段を登った。

「ちょ、オイ」

「ゴキブリ死んでるかも知れないよ」

「いい。片付けてやる」

「いいって。ホラ早く帰りなさい」

「いい!なあ入れろよ!」

ドアのノブを握ってそんな言い争いをして俺は隣人たちや大家さんや世間に怒られるかも知れなくて俄然腹が立ったし、何をこいつはこんなに俺みたいな人間にこだわってついて回るような真似なんかをするのかも理解が出来なくて、とにかくドアを開けて、俺はリヴァイくんの腕を引いて玄関に雪崩れ込んだ。

「ちょッ……!」

「うるせえな。」

玄関と言っても50センチ四方くらいのコンクリート剥き出しの三和土しかないような玄関で、二人分の足があればいっぱいになってしまうようなそこで、俺はリヴァイくんをドアにバンと貼り付けて、もう一度うるせえな、と言った。

「うるせえな。糞ガキがわあわあ喚いてると怒られるのは俺なの。分かる?」

「……オレが勝手にうるさくしたって言えば」

「あのね、リヴァイくんは中学生で、俺は大人なの。分かる?責任を取らなくちゃいけなくなるのは大人の方なの。分かる?ねえリヴァイくん。」

ねえねえリヴァイくん、と俺は繰り返した。

「リヴァイくん、こないだ俺に何したか忘れたの?」

「……アレは……」

リヴァイくんは少し怯えたように瞼をひくひくさせている。
ウサギみたいでとても加虐心を煽るので、とても止めて欲しいと思いました。

「やってやろうか?」

「え?」

俺は玄関の三和土に膝を突いて、目の前にあるリヴァイくんの下半身に手を伸ばした。

「ハ、あ、ちょ、」

「うるさい。」

ちょっと頭に血が上っているので、ベルトがうまく外せない。
指が震えている。
怒りでだろうか、それとも。それとも、何だろう。

「同じことしてやるよ。」

リヴァイくんの顔を見た。
夕暮れ、明かりの無い玄関は薄暗くて、表情が分からない。
ただチャックを開けたその瞬間に太股が一瞬震えたのが分かって、
それが恐怖からか、期待からか、やっぱり分からなかった。
何も分からない。
バロサンの煙くさい玄関で、リヴァイくんの白い太股が露わになった。
俺はまた、あの金魚どうしたのかなあ、溝から川へ、川から海へ泳いでいったのかしらと考えていた。

























 

白いアジサイ
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