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みんなのアイドル



月の夜には、ひみつの集まりがあります。


集まるのはぼくの昔卒業した中学校で、フェンスが破れたところへ集合したぼくらは、すこし頷いて穴を潜るのです。
集まった仲間のなかで最年少はぼくで、あとはみんな(もうぼくも殆どおじさんと言える年になってきたから言えないのですが)だいたい五十~三十代後半くらいのおじさんたちでした。
ぼくを含めて五人、日によって人数は入れ替わりますが、だいたいこのくらいがいつもの人数です。

夜の中学校はひっそりとしずまり返って不気味です。

けれどぼくらはみんな一様にどきどきとして、しんと静まった廊下から、物音のひびく階段へ、そっと足を進めました。

屋上へはすぐです。
中学校のとなりの工場のグラウンドを照らすおおきな照明が半分ほど当たるそこは、ぼくらが二週間待ちに待ったステージでした。
ぼくらはそれぞれ背負っていた荷物を降ろし、準備を始めます。
タニヤマさんのカメラはもう二十年物だそうですが手入れを欠かさずたいそう立派なものでしたし、イシカワさんは先々月買った最新鋭のものをいそいそと取り出して、たのしそうにセットしていました。
ぼくも先月の給料のほとんどを叩いて買ったレンズが今日のたのしみで、笑ってしまうのを止められませんでした。


「はーい、みなさんいつもどうもね~。今日もアングラアイドルノーネームの独占ステージを始めたいと思いま~す。」

司会兼マネージャーの髭の男はいつもだるそうな喋り方で、クチャクチャと噛んでいるガムがいつも不愉快でした。
けれどそんなことに構っている余裕もなく、ぼくの胸は期待で膨らんで爆発しそうです。


「それでは、ノーネーム、リリーちゃんの登場で~~~す」

五人の熱烈な拍手が屋上に響きます。
屋上横のちいさな納戸の扉を開けて、彼が姿を現しました。

「リリーく~~~ん!」

「リリーくん!」

「リリー!可愛いよ~!」

歓声が起こります。
青白い月の光に照らされたコンクリートの床を、革靴が踏みます。
彼、アングラアイドルのリリーは学ランに、目の周りには包帯、きちんと切り揃えてある黒髪は艶々として天使の輪が浮かんでいます。
比喩表現でも何でもなく、彼は天使でした。
ぼくたちノーネームファンクラブだけの、たったひとりの天使なのです。

「……跪け、豚どもが」

ブヒイイイイイとぼくらは雄たけびを上げました。
リリーのキメキメの決め台詞が今夜も決まりました。
リリーはフン、とつまらなそうに鼻を鳴らすと、中指を立てました。

「それじゃあいくぜ、……ナイトエンジェル」

司会兼マネージャーがCDラジカセのスイッチを押します。
流れ出した曲はアングラアイドルのわりによく出来ていましたが、街のどこかで聴いたような、そんなような曲でした。

「紅の街に~駆け出す~夜は血を流している~~~」

「リリー!」

「しらばっくれた月は~白んで~俺を見ている~~~」

「リリー!」

「残酷なその手が~俺を!」

「オレオ!」

「殺す!」

「コロス!」

リリーの歌は中学生にしては上手でしたが、ぼくらの殆どはこの後のお楽しみのことで頭がいっぱいで、股間もすこしふっくらとしてきていました。
リリーの歌を真剣に聴いているのは最古参のシタラさんだけで、かといってシタラさんも純粋な歌だけのファンという訳ではなく、結局はこの後のファンサービスを期待してきているのです。

似た様な曲が二つ続き、ライブは終わりました。
すこし息を切らせたリリーの胸が上下しているのが分かります。

「さ~てそれではお待ちかね、撮影た~いむです」

半笑いの声がそう告げると、ぼくらはいそいそと機材を取り出し、リリーに向けました。

「やあ、待ってた待ってた」

「今日もきれいに撮ってあげるからね!」

「リリー、こっち向いて!」

「目線ください!」

「リリー!」

先ほどまで堂々としたステージパフォーマンスをしていたリリーは途端に俯きがちになり、もじもじとし始めました。

「あの、……これ、やっぱりやらなくちゃダメか?先週もやっただろ……」

髭のマネージャーに縋るような目をして小声で訊ねるリリーは、このファンサービスにはいつも納得していないようでした。

「ん~ダメダメ。皆さん、わざわざリリーちゃんのステージを見に来て下さってるんですよお?やんなきゃダメでしょ、ほら」

とっとと学ラン脱いで。マネージャーが促すと、リリーは渋々、という様子で上着をもそもそと脱ぎ始めました。

「いいよ!リリーちゃんいいよお!」

「アレ~まだシャツあるなあ……薄着の撮影したいんだよね、頼むよリリー」

「リリーちゃんの綺麗な身体のライン、見たいなあ~」

「……そ、そうか?ちょっとは鍛えてるからな……」

唆されたリリーは白いカッターシャツのボタンを、上から順にプチプチと外し始めました。
途端にシャッター音が鳴り、ストロボが焚かれます。
パシュパシュという音と閃光とに照らされた裸体は月よりも白く、少年らしい体つきはどこか艶めかしいものでした。

「リリーちゃん、きれいだよお~!」

「美の天使!」

「フォトジェニック!」

「リリー!こっち向いてっ!いいよお、可愛いよお!」

「よ、よく口の回る豚だ……、……こうか?」

タカナシさんはリリーを褒めるのが上手く、リリーも満更でもなさそうな顔でポーズを撮っています。
挑発するような目線をこちらへ向けてコンクリートの床に寝そべるリリーを囲むぼくらは、いつしか輪を狭めてゆきました。

「いいよ、リリーの乳首、きれいな桃色だねッ」

「腹筋見せて!ああっいいよお!」

「脇ください」

「舌出してみて!そう!胸も寄せて!」

至近距離と呼べるくらいに近づいたぼくらの中心で、リリーがどんどん大胆なポーズを取らされてゆきます。
寝そべってグラビアアイドルのように頬杖をついて小首を傾げるのは序の口で、膝を抱えて甘えるように口を開けたり、胸を隠しながらお尻はこちらへ向けたり、ついにはブリーフ一枚で股を開き、じぶんの脛を舐めているポーズまで。

囃し立てる男たちに気を良くしたリリーは頬を紅潮させながら、ぼくらの期待にけなげに応えてくれるのです。

はあ、はあと荒い呼吸がリリーを囲んでいましたが、リリーだって、興奮した顔で熱い呼吸をしています。

「リリー!お、おパンツ取ってよ」

「え、……いや、パンツは……」

「ちょっとずらすだけでいいからさあっ!おねがい、おねがい!」

「……ちょっと?」

「そう、ちょっとちょっと!ネ、ちょっとだから、恥ずかしくないでしょ」

「ちょっとなら……?」

「カッコイイよ、大丈夫大丈夫ッ、ねッ」

「か、かっこいいか?本当に?」

そうだよカッコイイよ、アーティストだもんね、リリーカッコイイよ!可愛い、リリーちゃん可愛いよ!
世界一!セクシー!ぼくらのアイドル、いやエンジェル。天使のおパンツの下、見たいなあ~~~!

ぼくらが一生懸命に誉めそやすと、リリーは可愛らしい顔を真赤に染めながらも、じゃあ、ちょっとだけ。と小声で答えました。
ゆっくりとブリーフをお尻の半ばほどまで降ろして、無意識にぼくらを焦らして煽りながら、リリーは勃起しています。
ちいさな皮かむりのおチンポの先は頬と同じ桃色で、ぼくらが思わずオオ~と上げた歓声に、ピクピクとレスポンスを返しました。

「リリー、ポーズして!」

「リリー!」

「リリーちゃん!」

リリーはブリーフからいやらしいおチンポを半分ほど覗かせたまま、ちいさく震えながらそれでもぼくらにまっすぐ向き直りました。

「今夜の豚は~?」

マネージャーが片頬を歪めてそう訊ねると、リリーは、両手でピースを作って、せいいっぱい笑いました。


「豚は、……おれ、です。」

はあはあと荒い呼吸は、やっぱりリリーのものでした。
リリーはじぶんの通う中学校で、男たちに囃し立てられ制服を脱いで、その目線で勃起するような、わるいわるい天使なのです。



はあ、はあ、はあ。
天使の呼吸とぼくらの呼吸が雑じりあう屋上の夜はだれにも知られることなく、更けていくのでした。








 

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