風邪の日
目立った遊具が無いせいか、ここの公園は子どもが少ない。
近道に通り抜けて、足早に階段を登る。
錆びた手すりには触れないように、トンテンカンテンと高い音を立てつつ上がると、
今はもう使われていない、恐らく前の住人が残していったのだろう牛乳の宅配箱の中を探る。
指先に金属の感触があって、それを摘み出す。
知らないキャラクターの人形のキーホルダー。あいつの趣味でもないから、誰かに貰ったのだろう。
誰もいないことは知っているし、家主の許可を得ているのに、俺はドアをそうっと開く。
靴と便所スリッパの散らかった玄関の三和土。
八畳一間の万年床に、上着を脱いで忍び込む。
枕の辺りから、煙草と、男臭いにおいがする。
薄くて毛羽立った毛布をかぶって、わざとケンケンと咳をしてみる。
マスクを取って、ゴホゴホと繰り返し。
寝転がる。
咳をするたび、呼吸するたび、悪い菌が部屋中に広まっていく想像をする。
黴菌は俺に似た形をしていて、それが部屋中に散らばっていくのだ。
『あれ~リヴァイくん。これからウチ来るとこだった?』
『……別に。』
『ゴメンゴメン。今から出かけるから、好きに入って使って。あのゲーム、レベル上げといてよ』
そう言って、横の女の腰を抱きながら何処かへ行ってしまった、あいつのことを考える。
この寒い中、胸の谷間の見える薄着に、フェイクファーのコート。
――頭の悪そうな女。
そう思って、ハッとする。
人を見た目で判断するようなこと、するべきじゃないって知っているのに。
だが胸に広まった厭な気分は晴れなくて、ここへ来てしまった。
特に用事なんか無い。
ゲームだって、あいつと喋りたいからやってるだけで、真剣になっちゃいないし。
することも無いので、ただひたすら、呼吸を繰り返す。
吸って吐いて、部屋が俺の形をした黴菌でいっぱいになるまで。
「へえっっくしょい!」
盛大なくしゃみをして、エルヴィンはうう、と震えた。
「風邪引いたかも。……リヴァイくん、おかゆ食べたい。卵のやつ」
エルヴィンはそこらに放り出してあった半纏を被って、ねえねえと俺に言った。
「――葱入れるか?」
俺が剥いていたミカンを横取りして口に放り投げると、そうそう、と返す。
「さすがリヴァイくん。」
分かってらっしゃる、とエルヴィンは言う。
俺はお盆の裏ですこし笑うと、待ってろ、と言って立ち上がった。
エルヴィンが咳をする。
俺の形の黴菌が、ほんの少し飛び出して、部屋に散っていった。