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ニート24h

第一話

​暗喩、





am8:00

キャハハ、と大仰にはしゃぐ声で目が覚めた。

住み慣れた六畳間に伸べっぱなしの万年床は、いつも何となくジットリと湿っている。
ふだんはそんなこと、意識の端にも引っかからない些事なのだけれど、眠りから覚めるときにはいつも何と無く実感する。

横たえた身体の側面に湿気を感じながら、窓に目を遣る。
元の色の分からなくなったベージュのカーテンがほんの少し開いていた。
そのせいで朝の強いひかりがちらちらと差し込み、ふだんより早起きしてしまったのだろう。

「おはよ~。」
「おはよ~。ねえ、プリントやってきたあ?」
「やったけど自信ないよお。」
「いいよ、いいよ。見してよ。」

「おい、今日の昼購買行く?」
「コンビニ~。」
「なあカルビ焼きそばパンって。」
「またかよそれ!もういいよそれ!」

寝転がったまま、往来の声に耳をそばだてる。
アパートの裏の道は近くの高校と中学校の通学路になっていた。
やたら大きい声は高校生のものだろう。
道いっぱいに広がって、我が物顔に練り歩く制服たちが目に浮かぶようだった。

「ドラマ見た?」
「あの女優超きれーい。」
「ジャージ忘れた。」
「ねえリボン曲がってる!」

甲高い声で、きゃあきゃあとはしゃぐ女子高生たち。
声のデカさで存在感を無駄にアピールする男子高生たち。元気だ。健全だと思う。
その他には、中学生や大学生、通勤中のサラリーマンなんかもいるだろう。

「だっる……」

独りごちる。
窓の外の「まとも」な暮らしの眩しさから目を逸らすように、俺はそっとカーテンを引いた。



am9:00

二度寝から起床。
起床とは言っても、床を上げてもいないし、そもそも出てもいない。
くたくたのタオルケットの温みが離れがたかった。

枕元に積まれた雑誌や文庫本の山から、手探りで一冊引き抜く。
案の定雪崩が起きたものの、慌てない。いつものことだ。ビークール。
日に焼けた文庫本を開くと、はらはらとレシートが落ちる。
なるほど、図書館の返却期限が過ぎている。
が、こういうものは何度か督促が来てから行けばいい。本が一冊無くても、誰かが死ぬわけではないのだ。
何度か読んだことのある文章を、またなぞりはじめる。

『E先生は、夏休み明けに買春の容疑で、警察に呼ばれてゆきました。』




am10:00

空腹を覚え、読み散らかした本を適当に退けて起き上がる。
台所に一昨日炊いた白飯があるはずだった。

のそのそと立ち上がりついでにカーテンを開ける。
朝にはあかるく晴れていたはずの空はいつの間にか薄曇りになっていて、そのことにほんの少し呼吸のしやすさを感じる。
晴れていると、何もしていないことへの罪悪感が増すからだ。

拾ってきた三合炊きの炊飯器だが、立派に活躍中だ。
蓋を開けると、薄っすら黄色に変色した白飯が、茶碗に半杯ほど残っていた。
表面は乾いてカピカピになっている部分もあったが、まだ大丈夫だろう。
流しのタライに漬けっぱなしの茶碗を洗う気も起こらないので、ラップに包んでおにぎりにする。
振りかけた食塩が床に散り、足裏がじゃりじゃりした。

梅干しを中に入れるのを忘れたので、そのまま抓んで口に入れる。
酸っぱさに口が萎むのが面白かった。






















 

カラジウムの葉
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