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ヒマワリと赤い跡




忘れ物をすると、先生に定規で叩かれる。

それが教室の決まりだった。

リヴァイはいつも教科書やノートをきっちりと揃えて持ってきていて、文房具のひとつでも欠けたことがない。
そういう性分のようだ。
対しておれは、だらしない性質で、夜布団に入る前に時間割をみて用意をしたつもりでも、たいがい何か足りず、授業の最初に手を挙げることになるのだった。

「……朝、登校前に確かめろ。リコーダーなんか、どうして忘れるんだ」

リヴァイは、きれいな形の眉をいつものようにギュウと顰めておれを見た。
けれどリヴァイのそれが、おれを心配してそうなっていると、おれはようく知っているのだ。

「どうしてだろうな。おれにも分からない」

「じゃあ、登校してきてから確認したらいい。……しょうがねえから、付き合ってやる」

リヴァイはそんなふうに、薄くってかわいらしい唇を尖らして言うから、おれは少し誇らしげな気になった。
おれの幼なじみは、しっかりもので、厳しいけれど、おれに甘いのだから。


リヴァイはおれの幼なじみで、コンヤクシャだ。
テイガクネンのころに一度、けっこんを申し込んだ。

『リヴァイ。おれと、けっこんして。おれはリヴァイがおよめさんになるんなら、いつでもお花を摘んでくるから』

おれは町で一等おおきなヒマワリを引っこ抜いて、リヴァイに渡した。
リヴァイは、何だこれ、どこから抜いてきやがった、ヒマワリがかわいそうだろうが、とぶちぶち言いながらも、それを受け取って、大事そうにそっと胸に抱いた。そして、

『花は摘むな。……いつもいっしょに見に行けば、いいだろ。』

とはにかんで言ったのだ。
だから、おれとリヴァイは、コンヤクしている。


けれどリヴァイはさいきん、そわそわとして、忙しそうだ。
いつも一緒に帰っていたのに、さいきんでは、三日に一回は別に帰る。

リヴァイは運動神経もばつぐんだから、どこの部活でもヒッパリダコだけれど、リヴァイはどこにも入らなかった。
家の手伝いがしたいのだと言っていた。
けれど、おれがサッカー部をはじめてしばらくして、リヴァイも部活に入った。
茶道部だ。
おれはびっくりして、リヴァイに訊ねたけれど、リヴァイは首を傾げて、

『誰もいないから、しずかでいい。それに、背筋がしゃんとするからな』

と言った。

おれはそれに納得していなかった。
あの首を傾げる仕草は、リヴァイがうそを言っているときの仕草だ。

だからおれは、雨の日、サッカー部が休みの日に、そっと茶道室を覗いてみた。
みどり色の廊下に、うわぐつの音が響かないように、裸足で歩いた。

茶道室は、学校のずっと端にある。

しんと静まり返った廊下を進んで、茶道室の引き戸の下、風のとおるようになっている部分に、頬をつけて中を覗き見た。
じめじめ暑い廊下に、アルミが冷たくて、心地好かった。

「はあ、はあ」

茶道室の畳の上に、リヴァイがいた。
正座をして、顧問の先生の正面に向いている。
リヴァイは背の順が二番目で、身体も小さかった。
先生はずんぐりとしていて、シャツのお腹もタイヤを巻いたように太かった。
その先生の身体に比べると、よけいに、リヴァイの背中は小さかった。

「はあ、はあ」

先生の眼鏡は雨の湿気でか、汗でか、白く曇っている。
ぺたりと張り付いた薄い髪の毛が気持ち悪かった。

「はあ、はあ」

リヴァイは白いポロシャツを、自分の手でたくし上げている。

「はあッ、はあッ」

リヴァイの、あらわになった薄い胸へ、先生は一心不乱にむしゃぶりついている。
ぺちゃぺちゃという怖気の立つ音が、部屋に響いていた。

「はあッ、ああ、ああッ」

リヴァイはそんな先生にされるがままに身体を預けながら、たまに身をよじったりしている。
茶道室を満たす吐息は、先生と、リヴァイのものだった。

「はあッ、アッ、せんせえ、もっと……、もっと、すって……ッ」

リヴァイが甘い声でそう強請ると、先生の興奮した鼻息がいっそう大きくなって、ずるちゅちゅ、ずちゅ、と、啜る音も大きくなった。

「せんせ、なあ、せんせえ……」

リヴァイが言うと、先生はリヴァイを畳へドタリと押し倒した。
リヴァイのちいさな身体が、畳に崩折れている。
黒髪が畳に散らばっていた。

リヴァイが崩れるとき、太ももの裏が見えた。
赤い正座のあとだった。




音楽の授業の時間、リヴァイは先生に呼ばれて、黒板の前に立たされた。

「みなさん、リヴァイくんはリコーダーを忘れました。みなさん、決まりは覚えていますね?」

みんなが、はあい、と声をあげた。

「さあ、リヴァイくん。腕を出しなさい」

こくんと頷いた。
リヴァイが、肘の内側の、白くてやわらかいところを、先生に見せた。
なめらかな皮膚、そこを打たれたら、きっと痛いだろうと、おれは思った。

先生の定規が、大袈裟に振り上げられる。
きっと、赤くなるだろう。
あの正座の、太ももの裏みたいに。


おれは、リコーダーを握りしめた。

あの日抜いたヒマワリは枯れて、そして、どうしたんだっけな。と思い返した。












 

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