ホステスリリーの赤い爪
出逢ったのは三軒目のスナックだった。
常務のピクシスと同期のナイルに、同じく同期のミケと連れられて行ったそこは、繁華街から少し外れた場所にあるスナックだった。
席に付いた女性らに、いつ名を名乗られたか覚えていない。酒のそう強くないエルヴィンがこの面子で飲むと大概潰されてしまうからだ。
特にピクシスの飲ませ方と言ったら、 場末のホステスより余程上手い。
その日も二軒目のまでで相当に出来上がっていたエルヴィンは、やっと前のカウンターに座っているホステスの手に気がついた。
関節は骨張っているが、反っていて細い指、白い手の甲。
それがあっという間に水割りを作ってくれる。
アイスペールからサッと氷を取りグラスへ転がし入れると、カランと小気味好い音が立った。一度ステア。
ボトルキープの板にはタコの絵が描いてある。ピクシス常務のボトルだろうか。
そこから琥珀色の液体をトクトクと注ぐ。
マドラーの持ち手の先には翼の飾りがある。
水が注がれるとまたカラカラン、と涼しい音色で掻き回され、手早く紙ナプキンが巻かれて、それがエルヴィンの前に差し出された。
喉の渇きを覚え、一口含む。
エルヴィンは付き合いでシーナで一等栄えている辺りで飲むことも多いが、それに引けを取らない出来だった。
たかが水割りされど水割り、その店の格を判断する目安は幾つかあるが、この店はかなりアタリのようだ。
「のぼせたか」
水割りのグラスの横に、お冷が差し入れられる。
「あの爺さんは飲ますのが上手い。ボトルを空けてやって欲しいか、アンタはやめといたほうが良さそうだな」
低い声に驚いて目線を上げる。
男だ。
ネイビー・ブルーのミニドレス。
胸元が大きく開かれており、骨と筋肉の形が分かる肩が剥き出しになっている。
ムーディな照明のオレンジがそれを暖めようとしていたが、冷たそうな青白さを保っていた。
黒髪は短いが艶やかで、コーラル・ピンクの口紅を引いた薄い唇は、ホステスだと言うのにニコリともしていない。
翳のある、妙な色香が漂うそのホステスは、確かに男だった。
紫がかったグレーの瞳とかち合う。
「……何だ、赤ら顔してやがるが、随分いい男じゃねえか」
「君は…………」
「俺か?アンタ、どうやらしばらく、うわの空でいたみてえだな。ーーリリ。
赤万リリだ」
スパンコールの派手なクラッチバックから目にも止まらぬ速さで差し出されたのは、エジプシャン・レッドの毒々しい蝶の描かれた名刺だった。
それが、のちに一千万を貢ぐことになり、
また『その十倍のリターンを得ることになった』伴侶リヴァイとの出逢いだった。