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指先
彼を注視するようになったのは、彼の告白を断ってからだった。
部員もおらず、そのまま廃部にしてしまえと思っていた家庭科部のしばらくぶりの新入部員となったのは、
リヴァイという男子生徒だった。
部活中、殆ど会話らしい会話をした覚えが無いのだが、ある日の放課後彼は唐突にこう言った。
「先生。オレ、先生のことが好きなんだけど。」
驚いた。驚いたが断った。
「君の気持ちは嬉しいよ。」
若さで勘違いしてうっかり告白してくる女子生徒と同じ言葉で片付けた。
真赤になって私を見つめていた彼は途端に俯いて、コクンと一度首を振った。
さあこれで一件落着と思った彼に私は、戸締りをしようか、もうそろそろ下校の時間だ、と声を掛けた。
「……き。」
「え?」
「嘘つきだな、先生。」
そう言って、すこし笑った。
彼の笑ったところを見るのは初めてだったので、私はぎょっとした。
じゃあな、また月曜日、学校で。と彼は言った。
月曜日、彼は普段どおりに登校し、部活をこなした。
何も無かったというような、いつものあの無表情さで。
つい視線で追いかけてしまうのを、いや何も違わない、何も変わらないはずだと焦って目を逸らす。
しかし、私の目は勝手に追ってしまう。
彼の細い首にかかる紐。
胸元に揺れる、革紐に括られた指先ほどの硝子瓶。
左手の薬指に撒かれた包帯。
私の胸は騒ぎはじめる。
私の視線に気がついたリヴァイがまた笑う。
「先生に、やろうと思って。」
そのひっそりと微笑む口元から、目が離せない。
貝殻に似た白の欠片が、瓶の中かりんと涼やかな音を立てた。
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