桃色絵本
シーナ村一帯で豪農として名の知られるエルヴィン・スミスの妻♂、リヴァイ・スミスは絵本を握り締めたまま脂汗を掻いていた。
絵本の表紙には大きな桃と「ももたろう」の文字が、子どもの好きそうな可愛らしい字体で描かれている。
(無理、無理だ。)
「ねえ。リヴァイ、続きを読んでよ」
袖を引いているのは夫の従兄弟だかハトコだかのエルヴィン坊やだった。
一族の成功者である夫にちなんで名づけられたと聞くが、まるで生き映しのように、リヴァイの夫エルヴィンとエルヴィン少年はソックリだった。
そのエルヴィンが、袖をくいくいと摘んでいる。
リヴァイは意を決して引き結んでいた唇を解き、震える声で最初の文字を読んだ。
「も、ももたろぉ……、ヒッ!」
題を読み上げた途端、胎の奥でぶるるっと振動が起こる。
来るかも知れない、来ると半ば身構えていたはずなのに、身を走る快感に雷に打たれたように身体を揺らしてしまう。
(クソ、クソクソクソ、エルヴィン(夫)のクソ野郎ッ!)
見るからに貞淑な農家の嫁♂、リヴァイはしずかに怒りを夫へ向けた。
「……ももッ!」
リヴァイの中に、仕込まれたままの遠隔ローターがそれに応えたかのように、ふるっと揺れた。
リヴァイは涙目になって、絵本を握りなおした。
*
リヴァイの夫エルヴィンは桃の新種を次々生み出し、村の人間はほとんどその恩恵を受けていた。
ご立派な旦那様、その奥様♂。
農作業に明け暮れる中、それでも人の目のあるときには、リヴァイはしきたりどおり和服をキッチリと着るようにしていた。
田舎によくあるように親戚連中の集まりは頻繁で、そんな日は勿論リヴァイはてんてこ舞いの忙しさだ。
今日も誰だかと言う親戚の十三回忌だとかで、本家であるこの家の大広間では何十人もの人間が集まって、殆ど宴会同然に酒を酌み交わしている。
台所と広間とを行ったり来たりして分家の嫁たちや下働きの者たちに采配を振るっているところを、後ろから引っ掴まれ口を塞がれて空き部屋の一つへ連れ込まれた。
勿論、本家の嫁であるリヴァイにこんなことが出来る人間はたったひとり、スミス家当主でありリヴァイの最愛の夫であるエルヴィン・スミスその人だけだった。
「……この、クソ忙しいときに何をしていらっしゃるんだ。エ?ご当主様よ」
抱き寄せられたままチラと後ろへ睨みを効かせると、エルヴィンは酒の入ったほんのりと赤らんだ顔で肩を竦めた。
「そう言うな、リヴァイ。爺様方の相手に疲れて、ここで休んでいたんだ」
「まあ、ジジイどもの相手は確かに……ッエル、手入れるな、着崩れる……ッ」
「ああ、すべすべだ。そうだリヴァイ、今日はいいものが届いたんだ」
着物の裾から手を入れて太ももを撫で繰りまわす夫のふわふわした笑顔を見て、リヴァイは夫の酔いが相当に回っていることに気づいたが、その時にはもう、遅かった。
あれよあれよのうちに夫の手でいやらしく撫で回され、息も絶え絶え、頬も目尻もポッと赤らんで、どうにでもしろというような状態にされたと思うと、エルヴィンは一つの玩具を取り出した。
夜には夫を受け容れているソコへ、ずっぷりと挿入されたソレは、ピンク色の小さなローターだった。
おおい、エルヴィン、と呼ばわる声に今行くよ、と朗らかに応えて、夫は宴会場へ帰って行った。
勿論、ローターのリモコンを持ったままに。
*
その後、絵本を読んでくれとせがむエルヴィン坊やに捕まったリヴァイは、正座で震えながら絵本を開いていた。
「な、なあ、エルヴィンよ。俺はまだジジイたちに酌や何かをしなくちゃいけねえ。お前は賢い、分かるな?」
だから、その、今日はちょっと。とリヴァイは毅然とした姿勢を崩さぬよう、背筋を伸ばしてどうにか言い繕った。
「嫌だ、他にだあれも居なくって、つまらないんだ。リヴァイが僕と遊んでよ」
エルヴィン少年は都会に住んでいて、親戚には年の頃の近い者もおらず、村にも見知った子がいなかった。
つまらなそうに半ズボンの脚を投げ出し、エルヴィンはリヴァイの袖を引いた。
「だから、行っちゃ駄目だよ。リヴァイはここで、僕と、本を読むの。いいね?」
親戚連中の前ではいい子ぶって『リヴァイさん』と呼ぶくせに、誰もいなくなると『リヴァイ』と呼び捨てにするエルヴィン少年が、リヴァイは苦手だった。
夫と自分に子が出来ればこんな感じだろうか、と天使のような外見に騙されていたのは最初だけで、見つからぬようにちょっと足を引っかけて来たり、わざと飲み物を倒したりというような小さな嫌がらせをしてくるのだ。
怖く見えても実は子ども全般に甘いリヴァイだったが、これには参ってしまった。
叱りつけてやろうかという気も、夫ソックリの天使のような可愛らしい姿に、いつも毒気を抜かれてしまう。
とくに酷いのが読み聞かせの時で、学の無いリヴァイに本を読ませては「漢字の読み方が違う」と言って、手の甲なんかを抓むのだ。
今日はどこから持ってきたのか、小さい子向けの絵本などを持ってきてリヴァイに読めとせがんだのだった。
「……わ、分かった。そのかわり、一回読んだら、っ、いいにするんだぞ」
「仕方ないなあ。一回読んだらね」
夫の挿入れたモノは最初の一回だけで、あとは振動していない。
遠隔操作できる距離ではなくなったのか、リヴァイは今のうちだと焦りながら絵本を開いた。
「も、もももたろう」
「もが一個多いよ」
「うるせえ、しずかに聞いて、ろ」
「うん。はい、続き」
よし、大丈夫そうだ。そのうち、異物感も慣れてくるかも知れない。
パッと読んでしまえばすぐに終わる。と、リヴァイはかすかな希望を見た。
気を取り直して、口を開く。
「むかしむかし、あるンッ!?~~~ッ!」
びくう!とリヴァイが肩を震わせた。
中で、ローターがふる!と動いたのだ。
(遠隔操作できるのか、この距離でッ!?)
むかいの大広間にいるはずの夫を、見えないままににらみつけようとする。
「?リヴァイ?」
しかしエルヴィン少年が、傍らで首を捻っている。
不審に思われてはいけない。どうしてだか夫によく似て、好奇心の強い子どもだ。
不審な原因を突き止めようともするかも知れなかった。
「ン何でもねえ、ッ!ちょっと、ふ、喉の調子が悪いィッ!だけだ!」
「ふうん?変なリヴァイ」
ふるっふるっと、ローターが震えている。
リヴァイは白い顔を桃色に染めながら、首を振って頁を捲った。
(とっとと終わらせてしまえば……!)
「あるところに、おじイッッ!さんと、おばあッさんがいました……ッ!」
ふるっふるるっ、と震えるたび、リヴァイの中が収縮してローターを食い締めてしまう。
ギュウと中が締まるたび、快感が起こってリヴァイの身体を揺らした。
「おじいさんは山ッ……へ芝刈りに……ッ、おばあさんン、は川へ、せんたく、に……ッ!」
正座のまま、絵本を持って読み進める。
額から桃色の頬へ、汗が垂れる。
はあ、はあと息が上がり始めた。
「おばあさんが川で洗濯をしていると、川のうえのほうから、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと桃が」
震えが止まった!今のうちだ、とリヴァイは早口に読み上げた。
「ながれてきましッ……!?ふ、あ……う、~~~~ッ!」
ぶるるるるッと激しくローターが震え始め、止まらない。
リヴァイはギュウウ、と絵本の端を握り締めて、耐えに耐えた。
姿勢が崩れると、尻の位置が変わってローターがあたる場所が変わる。
ぶぶぶぶぶぶ、と音が聴こえてしまっているのでは、というくらいに震え続けている。
「お、おばあさんが、~~~~ッその桃を、ひ、ヒッ、や、拾い上げると、おッ~~~!?」
いいところへグッと当たったソレが、ぶるるるる!と勢いを増して中を振るわせる。
もう殆ど涙目のリヴァイはハ、ハ、と吐息を熱くしながら、桃太郎を読みながらも、頭の中はすでに、夫の猛ったアレを入れて思いっきりいきたい、といやらしい妄想が混じり込んできていた。
(だめだ、だめだ、えほん、絵本を読んじまわないとッ)
読んだら終わる、読んだらエルヴィン、読んだら、読んだらチンポ、と、頭の中はいよいよ桃色に染まってくる。
「おばあさんがッ、あっ、ももを、もちかえ、ンッ、ももッ、~~~~~~!」
中のゆれが酷くなり、リヴァイはもう、座って居られない。
思わず握り締めていた絵本に力が篭ってしまった。
「あ」
びり、と端が破ける。
「ぼくの絵本!」
「ひ、ッ?!ももッ、ア!ッあ……~~~~~~~~!!!!!」
リヴァイ!破ったね、とエルヴィン少年が小刻みに震えるリヴァイの手の甲をギリリ、と抓んだ瞬間、リヴァイの胎の奥がグッと収縮し、張り詰めていた前が弾けてしまった。
あ、あ、と真赤に震えながら、リヴァイは達してしまった。
固く正座したまま、絵本はもう既に、びりびりに破けてしまっている。
「……リヴァイ?」
リヴァイの眦に光るものを見つけると、エルヴィン少年はぎくりとしたように身を竦ませた。
泣かせてしまったと思ったのだろう。
「ごめん、リヴァイ。痛かった?……リヴァイ?」
ねえ、リヴァイ、リヴァイったら。と腕に取り付いて揺らすエルヴィン少年に成すがままにされながら、リヴァイは恍惚の表情で座り込んでいた。
障子にポッカリ空いた穴からは、みずいろの瞳と、桃色の肌が覗いていた。