痴漢破局
「ねえ、もう、」とエルド・ジンは言った。
「もう、大概にして下さい、貴方って人は。」
臓腑を握りつぶされたかのような声で、エルドは続ける。
エルドが両肩を掴んでいるのは、エルドの上司であるところのリヴァイ・アッカーマンである。
リヴァイはひょんなことから、部下であるエルドと恋人どうしになった。
付き合って半年が経とうとしていたが、リヴァイの癖が、どうしても二人のあいだを危うくしていた。
「どうしてですか。俺だけじゃ駄目なんですか。どうして他の誰かと寝るんですか」
ずるずると小柄なリヴァイの胸元に寄りかかりながら、掴んだ手では弱弱しくリヴァイを揺すぶっている。
リヴァイは揺すられながら、「……すまん」と苦々しげに呟いた。
「辞めたつもりだった。……が、酔って、勢いで……書き込んじまって。引っ込みがつかなくなって、その、」
「もういいです」
「……あ?」
「もういいです、俺じゃアンタの、病気みたいなソレ、治してやれなかったんですよね。」
痴漢癖。おっさんに痴漢されるのが、俺よりいんですもんね。……変態。
エルドが悲痛な声でそう吐き捨て、胸元から顔を上げると、リヴァイと目が合った。
途端、皮肉げに口の端を上げると、耳へ息を吹き込んだ。
「……別れ話で罵倒されて勃ってるじゃないですか。もうアンタ、どうしようもない変態だよ」
それでも、好きでした。
耳の後ろへ軽く唇をつけると、エルドは踵を返し、出て行った。
リヴァイはいつまでもそこへ、呆けたように立ち続けていた。
*
が、性欲はまた湧く。
かなしみに沈んでいたのも束の間、リヴァイ・アッカーマンは声も上げず枕へ涙を浸み込ませ続ける行為をやめた。
よぼよぼと立ち上がり、PCの電源を入れ、いつもの掲示板へ。
L 30代男性
小柄 筋肉質
シーナ線 囲みOK
女装あり 後暇
繁忙期が終わり、やっとエルドと過ごす休日だと思っていたのに、とリヴァイは腫れた目を擦った。
寂しい。人肌が恋しい。有り体に言えばチンポが欲しい。
何もかもを全部忘れて、汗だくでセックスしたい。
着替えの中に、エルドと出会ったときのA女子学院のセーラーを見つける。
――これは未練じゃねえ。思い出の上書きってやつだ。
かくしてリヴァイ・アッカーマンは、巷の痴漢に大人気A女子学院の夏服セーラーで駅へ向かうことになったのだった。
*
ヤバイ。
百戦錬磨の企画主任、企業戦士リヴァイ・アッカーマン(セーラー着用)は困り果てていた。
――多分だがこれは、ガチの、痴漢野郎だ。
常連の掲示板で募る痴漢仲間ではない。本物の犯罪者だ。
ハーッ、ハーッと臭い息をリヴァイの背中の辺りに吐き掛けている中年男性は、いよいよその手をリヴァイの太股から、その上へと移動させようとしている。
本物とは言え、剃毛して敏感になり過ぎている太股を摩られ、撫で回され続ければ、どうしても勃起してしまう。
プリーツスカートの下は女性物のパンティで、何となくバナナ柄だった。
このまま男がリヴァイを女子高生と信じ、そのいやらしい手を上げたら。
――バレちまう。俺が、変態だって。
マスクと眼鏡、だぼっとしたカーディガンでどうにか隠れているが、リヴァイは勿論成人男性で、女装姿で痴漢に合ったなどと周囲に知れれば、かなりまずいことになる。
響く悲鳴、変態、と上がる声。
リヴァイは脂汗をかきながらも、しかし前はガチガチに勃起させていた。
生来のM気質は、こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ、リヴァイを昂ぶらせる。
――……どうしようもねえな、俺は。エルドに愛想尽かされたって、しょうがねえ。
ふ、と詰めていた息をほんの少し吐き出したそのとき、男の手が動いた。
膝裏の柔らかく湿ったところを執拗に撫で、愛でていた男の手が、スッとプリーツスカートの中へ。
バナナ・パンティの聖域へ伸ばされたのである。
――終わった。
ぎゅ、と目を瞑ったリヴァイだったが、次に上がったのは男の悲鳴であった。
「なッ!何だ、君は!放したまえッ!」
うろたえる男の声に思わず振り返ると、男の腕を掴んでいる、別の若い男がいる。
「……なんで、ここに。」
エルドだった。
男の腕を捻り上げて、身体をドアへ押し付けて男の身柄を確保すると、エルドは他の乗客たちに男を任せ、リヴァイに向き直ってほんの少し微笑んだ。
ちょうど駅へ到着し、乗客が雪崩れ込んでくる。
押し合いへし合いする、そのどれもが見知った顔だった。
掲示板で出遭った男たちだった。
「Lちゃん、おめでとう!」
「いい彼氏持ったね!」
「寂しいけど、おめでとう」
「良かったね!本当にね!」
口々に祝福の言葉を述べると、男たちは芋洗い状態で列車に納まった。
電車が、動き出す。
いつの間にか背後に回り込んでいたエルドが、ひそめた声を耳に吹き込んでくる。
「俺、実は、ずっと見てました。リヴァイさんの浮気」
「掲示板で、俺、他の人たちと仲良くなって。で、直メしてる人にその日の電車聞いて」
「痴漢されてるリヴァイさん、ずっと見てました」
「メチャメチャ感じてましたね。あそこに、こっそり指入れられて、かき回されて、何度もイッてましたね」
「他の人に前弄られて、先っぽからダラダラやらしい汁こぼして。床に垂れてました、いっぱい」
「最高でした。あんなエロい身体で、ハメられることしか頭になさそうなエロい顔で、おっさんたちに引っ張られてくの見て、ヤバイくらい興奮しました。それで、その後トイレ行って、俺、抜いたんです。」
痴漢されて、浮気しに行っちゃったアンタで。ねえ、リヴァイさん。最高でしたよ、リヴァイさん。
エルドの手はもう、暫く前からリヴァイのスカート越しの尻を撫でている。
恋人どうしでベッドで向き合うときとは違う、ねちっこい触り方だった。
嬲ってやろう、いたぶってやろうという、いやらしい触り方だった。
――パンティが小さくて、チンポがきつい。……ああ、もう、このままイッちまいそうだ!
エルドは熱い舌の先で、リヴァイのうなじを舐め上げた。
尻に当てられている股間は、もっと熱い。
乗客たちは、粘りつくような視線をふたりへ注いでいる。
出来過ぎたハネムーンだった。
「ねえ、リヴァイさん。ここで、ハメてあげましょうか?」
俺もきっと、変態なんです、リヴァイさん。好きです。好きですリヴァイさん。
エルドの手がプリーツスカートの中へ、差し入れられる。
バナナ・パンティの聖域は、もうグッショリと濡れて、ミルクを零していた。
電車は当分、次の駅につきそうもなかった。