花火
浴衣似合うね、と言ったらまた照れて黙り込んでしまうだろうと思ったから、言わないでおこうと思った。
知らない町の、知らない神社の夏祭り。
境内には、朝顔や向日葵の夏の花の描かれた提灯が吊られており、煌々と明るい。
町内会らしき人たちの揃いの法被が人混みの中で色鮮やかだった。
その中で、遠目のリヴァイくんの紺の浴衣は地味だったけれど、その他大勢の中で輪郭がくっきり浮かび上がるようだと思った。
リヴァイくんは俺の姿を見つけると小さく手を挙げて寄って来た。
そして、なんでアロハだよ、と文句を言ったので、夏祭りにはアロハでしょ、と俺は返した。
「何か食べる?」
「何かって」
「焼きそばとか、たこ焼きとか。お祭り、来たことないんだろ。一周ぐるっと回ってみる?」
「うん。」
珍しく素直に頷いたリヴァイくんの首筋がほんのり赤い。
手を差し出したら、耳まで真っ赤にして、俯いたまま手を握った。
指先が震えている。
気づかないふりをして、歩き出す。
電車で数駅来たこの町の祭りはあまり有名でないし、リヴァイくんと俺の住む町では、もっと大きな祭りをやっている。
だから多分、リヴァイくんの知り合いに会うことはないだろう。
今日だけという約束で、初めて手を繋いだ。
「あ、綿あめ。」
「食べる?」
「いい。」
「遠慮すんなって。軍資金はあるし」
ほら、どれにする?ドラえもんの袋?などとふざけてみると、リヴァイくんはやっと笑った。
「バーカ。」
俺は別に少年趣味でもなかったし、リヴァイくんに惚れたりはしていなかったけれど、リヴァイくんが笑うたび、どうしてか嬉しいと感じてしまう。
弟のようなものだろうかとも考えてみるけれど、どうしたって答えは出なかった。
それぐらい、最近の俺たちは近くにいた。
リヴァイくんは結局綿あめを買わず、俺だけ綿あめで口周りをべたべたにしながら歩いた。
キュウリの浅漬けと焼きもろこしをそれぞれ食べて、俺は500ミリ缶をひとつ空けた。
リヴァイくんが繋いでいる手を引いたので振り返ると、アレ、と出店を指した。
「りんご飴、食べたかった。」
「どこって?」
「すこし、後ろ。」
「はいはい、行こ。」
すこし戻ったところにりんご飴の出店があった。
「どれにする?大きいの?」
「あんたも食べるのなら、デカいの。」
「二個買うか?」
「そんなには、無理。」
リヴァイくんは成長期だからか、普段はよく食べたし、りんご飴はそこまで大きくない。
けどこれは、分け合って食べたいということなんだろうなと気持ちを汲んで、俺はとびきり大きいのを選んでやった。
「……ありがと。」
ありがとうやゴメンを欠かさない他人行儀さに気づいたのはいつからだっただろうか。
リヴァイくんのすることを何も気に留めていなかった最初の頃を、俺はすこし後悔した。
もっと早くに気持ちを汲めていたなら、してやれたこともあっただろうに、と。
とおく祭囃子が聞こえる。
雑踏の騒がしさから少し離れたところで、俺たちは交代にりんご飴を齧った。
赤い飴はぱりぱりと剥がれて、たまに地面に落ちてしまった。
中のりんごはあまり甘くなかったけれど、リヴァイくんはそれでも嬉しそうに、もう一度ありがとうと言った。
「……ありがとう。ホントに来てくれるとは思ってなかった。」
「だろうなと思った。」
リヴァイくんははにかんだように笑って、やっぱりまた、ありがとう、と言った。
細い首筋や、小さな耳を赤くしているリヴァイくんは、ただの中学生だ。
ただの中学生なのだから、大人の事情には従わないといけない。
外国にいたという伯父が見つかったのだという。
リヴァイくんは寮を出て、その人と暮らすのだ。
明日、遠い街へ越してしまうらしい。
少年らしい、薄い身体を抱きしめる。
俺たちのあいだで、りんご飴はパリリと割れた。
顔を上げたリヴァイくんの瞳には涙の膜が張っている。
涙の溢れるところを見たくないな、と思ったし、目に焼き付けたいな、とも思った。
いろいろ、グチャグチャだ。
顎に手を添えて上を向かせる。
リヴァイくんはされるがままになっている。
唇に唇を合わせるだけの、ほんの触れるくらいのキスをした。
「……初めてなんだけど。」
「うん。知ってる。」
「……責任取れよ。バカ」
「取るよ。取るから、また来い。」
うん、とリヴァイくんは頷いた。
もう一度、今度は唇を食むように口づける。
花火が上がる。
祭囃子はまだ、とおく鳴り響いている。
震える唇を、握りしめている手を、細い腰を、本当は攫ってしまいたいと思った。
だけどリヴァイくんはただの中学生で、俺はただのつまらない大人で、それは出来そうになかった。
その代わり、この瞬間がリヴァイくんの中に残りますように、と祈った。
リヴァイくんと俺の夏の終わり。
鮮やかな、花火のような夏だった。