温もり
夫婦喧嘩をした。
というか、一方的に私が怒られ、謝ったが、リヴァイは出て行った。
──きっかけは些細なことだった。
読書や研究に熱中すると、生返事になる私の悪癖があり、説教をされた。
また間の悪いことに、論文執筆中に筆が乗っていた私はそれをまた生返事で返してしまったのだ。
そんな訳で私は今、非常に困っていた。
勿論許して欲しいが、悪癖はそう簡単には治らない。
行き先の検討はついている。
恐らく、駅前の食料品店だろう。
私の妻は狸であるためか、果物が非常に好きだった。
そのため、自分の機嫌を取ろうとするときには、林檎や柿、蜜柑なんかのちょっとした果物を買い、それを食しているようだ。
今日もそうだろうと目星をつけ、駅前に行くことにした。
何にせよ、急がねばならない。
何故なら私の妻は妊娠していて、その腹に子を宿していた。
一月の厳しい気候は妊婦に優しくない。
お気に入りの緑色のコートは着て行ったようだが、マフラーを忘れていた。
玄関に置いてあったそれを手に取り、戸を開ける。
途端に、ぴゅうと吹いた北風に縮こまる。
私は自分のマフラーの上から妻のマフラーを重ねて巻き、とにかく急足で駅前に向かうことにした。
午後の駅前は、思った以上に閑散としていた。
北風が強く、横殴りに吹いてくる。
喫茶店や商店の中には人がいても、外には居ない。
まさかこの寒空の下には居ないだろうと、目についた喫茶店の一つに入ることにした。
ショーウインドウにはフルーツの盛り合わせのパフェがあった。きっとここだろうと見当をつける。
薄茶色に透けているドアを開けると、カランコロンとベルが鳴った。
店内を見渡してみる。──いた。
可愛い私の奥さん。家で二人の時に見せてくれる、あの可愛い耳や尻尾は今は隠されてしまっている。
「リヴァイ。」
後ろから声をかけると、リヴァイは小さく飛び上がった。
「びっ……くりするじゃねえか、てめえ……」
「それは済まなかった」
振り返った妻には狸らしい隈も髭も無い。
街へ越してきた当初は、驚いたり気を抜いたりした時には出てしまったものだが、
今では殆どそういうことはなかった。
あれはあれで可愛かったのに、と少し残念な気持ちになる。
「帰ろう。──悪かった、リヴァイ。許してくれるか?」
「許さねえ。いや、……この果物の沢山乗ったやつを頼んでくれたら、まあ許さなくも無いがな」
玄関にあったリヴァイの財布を、私は差し出した。
大方、猛然と出てきてしまい、忘れたのだろう。
入って紅茶を頼んだは良いものの、財布が無いのに気づいて出られなくなったリヴァイが可愛らしくて、私は少し笑ってしまった。
何だよ、とリヴァイは言う。
「好きなだけお食べ。」
ここは私のお小遣いから出しておくから、と付け足すと、リヴァイはフンと頷いた。
「フルーツパフェと、珈琲を」
頼むと、程なくして出てくる。
華奢な器に生クリームと、メロン、林檎、オレンジ、チェリーなどがふんだんに飾られている。
華やかなその一品に、リヴァイはほう、と小さく溜息をついた。
「……どっから食えばいい」
「どこからでも。好きなように食べなさい」
ああでも、ここにフォークとスプーンがあるから、と言うと、リヴァイはそれを取った。
リヴァイは笑顔でこそ無いものの、私にだけ分かる機嫌の良い顔でそれをペロリと完食した。
「エルヴィン……俺も悪かった。お前が夢中になってるのが、少し面白くなかったのかも知れねえ。今度から、お前がそうなってる時は、お喋りを辞めてやる」
「リヴァイ。」
ありがとう、と私が言うと、出るぞ金を払え、とリヴァイがそう言った。
会計を済ませ、外に出ると、雪が散らついていた。
「雪……」
「こちらでも降るみたいだな」
村が恋しいか?と私は尋ねた。
リヴァイは首を振って、耳を赤くして私の手を握った。
私は、繋いだリヴァイの手ごと自分のコートのポケットに入れた。
「寒いな」
「寒い。……寒いけど、寒くない。」
こういう時は、人間はどう言うんだ?とリヴァイは訊いた。
私は少し笑って、何も言わなくて良いんだよ、とそれだけ言った。
街の石畳に雪が落ちて、溶けて消えた。
歴史教師×狸リヴァイ
エルヴィン視点
『狸、夜這う』
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