デンネネと、鍵っ子リヴァイくん ~べろべろモブおじさんの襲来!~
エレベーターがリヴァイくんのお家の階につきました。
リヴァイくんは、大親友の入った手提げをぽんぽんと優しく叩きました。
『デンネネと、鍵っ子リヴァイくん ~べろべろモブおじさんの襲来!~』
リヴァイくんのお家は大きな大きな団地の中にありました。
ジャングルジムのある中庭の吹き抜けをぐるうりと囲むようにして廊下があって、たくさんのドアが並んでいます。
リヴァイくんはランドセルをガチャガチャ鳴らしながら、廊下を歩きます。
強い風に吹き抜けがびょうびょうと鳴るのがリヴァイくんは少しおそろしく、自然と急ぎ足になりました。
――はやく家へ帰って、デンネネと遊ぼう。
デンネネはリヴァイくんのお気に入りのぬいぐるみで、大事なお友達でした。
いつもコッソリと手提げ袋(これもデンネネの柄でした)に入れて、学校へ連れて行っているのです。
かけっこだって縄跳びだって跳び箱だって、何だって一等のリヴァイくんでしたから、手提げ袋からすこうしデンネネが見えていても、誰もそれを笑ったりはしないのでした。
リヴァイくんのお家は「ぼしかてい」で鍵っ子でしたから、リヴァイくんはいつも首に下げている鍵を取り出してお家のドアを開けました。
がちゃりとすんなり回った鍵にホッとして、ドアノブを引いた瞬間でした。
「えッ」
突然ドン、と後ろから突き飛ばされ、リヴァイくんは前のめりにお家の中へ倒れ込みました。
コロリ、デンネネも手提げ袋から転げ落ちます。
「お邪魔します。リヴァイくん、遊びに来たよ」
つよく打った鼻から血を垂らしながら、リヴァイくんが振り向くと、そこに立っていたのは知らないおじさんでした。
「あーそーぼ」
おじさんは酷く太っているせいか、ぜえはあと息が上がっています。
白い肌着のような服に、膝小僧の部分が磨り減ってテカっている褪せた紺色のズボン。
髪の毛はまるで赤ちゃんのように柔らかく、ところどころ頭皮を透かしてぺっとりと張り付いています。
眼鏡は吐く息と脂で白く曇っていて、やに下がった顔には無精ひげ。
どうみても不潔そうな、気味の悪いおじさんです。
「……だれだよ。お、おれは、おっさんとなんか、遊ばねえ」
デンネネ、大丈夫か、とリヴァイくんは玄関にうつ伏せになっているデンネネに手を伸ばしました。
「だめだよ、リヴァイくん。おじさんと遊んでくれなきゃあ」
ダン、とおじさんの太い脚が振り下ろされます。
踏みつけられたデンネネはギュウと潰れて、どうにも苦しそうです。
「やめろ、デンネネに触るんじゃねえ!デンネネ、」
伸ばした手をグイと引かれ、アッと声を上げましたが、おじさんは笑っています。
「はッ、放せよ!」
捕まれた手をぶんぶんと振ってみますが、おじさんの手はビクともしません。
リヴァイくんは運動が得意で、ケンカだって負けたことはないのに、おじさんの太い手はガッチリとリヴァイくんの腕を掴んだまま、顔だって事も無げです。
「リヴァイくん。リヴァイくんは、ペロペロキャンディー、好きかな?」
好きだよね、おいしいもんね。おじさんはね、だぁい好き。リヴァイくんにも、いっぱいあげるよ。
「だからねリヴァイくん、リヴァイくんのキャンディーも舐らせてくれるかな?」
おじさんはリヴァイくんの汗に滑る腕を、べろおり、と、それこそまるでキャンディーのように舐め上げました。
ドアのむこうでは同じ団地のクラスメイトたちの、中庭で遊ぶたのしそうな声が響いていました。
*
デンネネが見てる。
と、リヴァイくんは思いました。
デンネネが見てる。ぬちょぬちょになってくおれを。
おじさんのぬたぬたした舌で、二の腕もつま先も太ももも指もお腹もお尻もおちんちんもお顔も舐められてるおれを、デンネネが見てる。
理科室で育てたかたつむりみたいに、おじさんの舌はぬろぬろ動いて、気持ちの悪い唾の跡が、おれのからだについていく。
それがすごくくさい。おじさんの顔が近づくともう息がくさくて、舐めたところはぜんぶそのにおいになってしまった。
おれはごはんを食べたらすぐに歯を磨くのに、おじさんはそうじゃないみたいだった。
おじさんのかたつむりみたいな舌がぬたぬた這って、くさくて汚れてかなしい。
お尻の穴も、おちんちんも、汚いところなのに、おじさんはべろべろ舐めまわした。
おじさんの熱い舌がソコを舐ると、ソコに熱いのが伝染ってしまった。
恥ずかしいし、気持ちが悪くて、おれはもう高学年だから泣いちゃいけねえと思ってたけど、泣いちまった。
デンネネ、デンネネって呼んだけど、デンネネは転がったまま、動かない。
助けてくれない。
デンネネの橙色のふわふわした体にはおじさんの靴の跡がべったりついていた。
デンネネ、どうして、助けてくれねえんだ?
デンネネが見てる。
外は日が暮れてきて、夕やけ小やけが聴こえる。
お家は生臭くて、おれの泣いてる声と、おじさんのはあはあうるさい息しか音がなかった。
かなしい。
よそのお家からはカレーのいいにおいがして、家族の帰ってきた声や、テレビの音。
母さんはまだ帰ってこない。
デンネネが見てる。
おじさんは白くて熱い液体をおれにべっとりとかけて、満足そうにため息をついた。
楽しかったねリヴァイくん、また今度は、お嫁さんにするときに、迎えに来るよ。
アイシテルヨ、リヴァイくん。
そう言うとおじさんは、デンネネでソレを拭いた。
デンネネ、よごれちゃったねえ。デンネネにもあげる、ハイ。
おじさんはデンネネと寝転がっているおれに色とりどりの棒付きの飴をばら撒くと、それで出て行った。
デンネネ、生臭い。デンネネはよごれちまった。
きたない。けど、デンネネは大丈夫。洗濯機に入れれば、きっときれいになる。
デンネネは大丈夫。デンネネは。
デンネネは洗えるから。
母さんが帰ってきたら、ちょっと千切れちまったところを縫って治してもらって、洗濯機に入ればきっときれいになる。
ひょうはくざいってのを入れると、とってもきれいになるって母さんが言ってた。
だから大丈夫。デンネネは大丈夫。デンネネは。
おれは?きたなくてくさくなっちまったおれは?
おれは洗濯機に入れない。
けどプールは25メートル泳げるぞ。クラスで一等はやいんだ。
けど、洗濯機の中じゃ、きっと溺れちまう。
ひょうはくざいは?
ひょうはくざい入れたお風呂なら、おれきれいになるか?
デンネネと一緒に入るから。
そしたらきれいになるのか?
シャンプーにトリートメント、石鹸にボディソープ。お風呂の洗剤だってある。
何だってある。
ぜんぶ、入れたら、きれいになる?
きっと大丈夫。デンネネと一緒だから。
デンネネとなら大丈夫。
おれたちは、大親友なんだから!
*
リヴァイくんのお母さんがお仕事を終えてお夕飯の買い物をして帰ると、リヴァイくんはお風呂に入ってる。
デンネネと入ってる。
浴室の扉の近くには、漂白剤のボトル、シャンプーのボトル、色とりどりのボトルが転がっていて、まるで絵の具の箱の中のよう。
リヴァイくんは。デンネネとお風呂に入ってる。
きれいきれいしようね、リヴァイくん、デンネネ。