ふれたい
水まんじゅうの売れどきがやって来た。
かんかん照りで雨も降らず、カラッと晴れた日にはよく売れる。
リヴァイの家は小さいながらも地元では名の通った老舗の和菓子屋で、盆の時期にはてんてこ舞いの忙しさだ。
今日も朝から引っ切り無しに客が訪れ、彼らは挙って、この時期の看板商品であるエルリ水まんじゅうを買って行く。
和菓子職人であるリヴァイだが、ある程度作るほうが落ち着けば、厨を出て店番もする。
ところが、ここのところのリヴァイは、どうにもソワソワとして、落ち着きが無い。
接客も覚束無い様子なのだった。
「……リヴァイ。またお釣りを落とした。近頃の貴方はおかしい。後ろに引っ込むべき」
「ミ、ミカサ!ちょっと言い方が……。あの、リヴァイさん。体調が悪いなら、ここは僕とミカサがいますから。もうすぐエレンも来る時間ですし」
アルバイトをしているミカサとアルミンが怪訝そうな顔でそう言った。
「いや、いい。……エレンが来るまで三十分くらいあるだろう」
「はあ、まあ、そうですが……。あ、いらっしゃいませ」
「!」
今どき手動の引き戸を開けて、男が入ってきた。
男はのれんを潜ったときに崩れた金色の前髪をかき上げ、長身を曲げるようにして軽く会釈した。
「い、いらっしゃあ!」
リヴァイが勢い良く立ち上がったために、それまで腰掛けていた椅子がガターンッと派手な音を立てて倒れた。
ケースの後ろでちまちまと折っていたチラシが散らばる。
音に驚いた水まんたちは冷蔵のショーケースの中で跳ね回り、盛大に列を乱した。
せっかく並べたのに、とミカサが舌打ちし、アルミンが慌ててそれを止めた。
それだけのことが男が来て一瞬のうちに起こったが、男はまるで事態に気づいていないような涼しい顔をして(汗はかいてはいたが)リヴァイの前に立った。
「やあ、どうも。今日はとびきり暑いね、水まんじゅうが特別美味しそうだ。……さて、いつものを頼むよ」
「お、おう。リヴァまん五個だな……千八十円だ」
「ありがとう」
リヴァイが震える手でお釣りを手渡そうとしたが、それはバラバラと銀色のトレーの上に散ってしまった。
金髪の男は特に気にした様子もなく、トレーからお釣りを拾っている。
「レ、レシートだ」
「ああ、すまないね」
リヴァイはこれも手渡そうと努力したが、男の手が伸ばされた途端に絶妙のタイミングで放されたレシートは、まるでわざとそうしたかのように床へ落ちてしまった。
「あ、」
「アッ、すみません!今拾います!」
「いや、いいよ。気にしないでくれ。職人さんもお疲れなんだろう。餡子を煮るのは重労働と聞くからね」
アルミンがカウンターから出てこようとしたが、男は笑ってそれを制した。
「いや、あの」
「いつも美味しい水まんじゅうをありがとう。それでは」
「あ、……お、おとといきやがれ……」
リヴァイは口を何度かパクパクとさせた後、やっとのことでそれだけ絞り出した。
アルミンはしどろもどろになりながらも、あの、またのお越しをお待ちしております!と見事に言いのけたのだった。
「はは、また来るよ」
リヴァイの不審な様子にまったく気のつかないまま、男は「じゃあ」と爽やかな笑顔を向け、包まれたリヴァまんたちを受け取って去っていった。
「……ハ~~~ッ」
ピシャリと引き戸が閉まると、それでやっとリヴァイは詰めていた息を大きく吐き出した。
へにょへにょとショーケースにへばりつき、へっぴり腰に脱力している。
(ちなみにアルミンも盛大に溜息を吐いて床に手をついている)
「……今日も触れなかった」
いい男過ぎだろうが、クソ、と小さな声で悪態を吐くと、男が買って行ったせいで数の合わなくなったエルリまんたちが瑞々しい身体を揺らして抗議し始めた。
「まんッ、ぷるぷるまんッ!」
「ぷるぷる……まん……クソ……」
威勢の良いエル水まんは震え過ぎて透き通った身体を少し飛ばしてしまったし、リヴァ水まんはエル水まんたちに押されつつも、ぎゅうぎゅうと寄ってくるのが満更でもないようにぷるぷる震っている。
「……待ってろよ、いつかお前ら揃ってアイツに買わせてやる」
けどその前に、お釣りを手渡す練習からだ。とリヴァイは一人照れつつも意気込んだ。
「まんッ!まんッ!」
「ぷる……」
リヴァイの声に呼応して、いっそう看板商品エルリ水まんじゅうたちもぷるぷるとショーケースの中を跳ね回った。
良い水で出来た彼らはよく透けて、色違いの餡子を誇らしげに揺らしている。
「分かり易過ぎるよ……」
脱力したアルミンが、散らばったケースの中のエルリ水まんじゅうたちを追いかけながらそう呟いた。
御菓子司アッカーマン屋の店主、リヴァイ・アッカーマンの恋は、まだ始まったばかりだった。